2014年05月26日

おとうさん、おかあさんケンカをする

最近のちびまる子のアニメは昔懐かしい「原作まつり」をしている。
私は小学生の頃にりぼんで読んでいた世代なので、
漫画で読んだ話がいっぱいでてきてなんだか懐かしい。

中でもタイトルにある話は心に残った一話。
とてもシリアスな内容で、泣けてきちゃうんだけど、
夫婦ゲンカの原因がおとうさんが健康器具を買うと言ったことというオチ。

私も子供の頃に両親がケンカをして、こりゃやばいんじゃない?
と思ったことがあった。
なんと父が母を平手打ちしたのである。私の目の前で。
原因は父の機嫌が悪かったのと、お茶をすぐに入れなかったこと。

大した理由じゃないのに殴られた母がかわいそうだった。
でも、当時流行ってたティファニーのネックレスを買ってもらえて
ずっとつけている母が少しうらやましいと思った。

離婚は子供が一番かわいそうだからできることならしない方がいいと思う。
私も将来子供ができて、だんなさんとケンカすることがあるかもしれない。
でも、よほどのことがない限りは、別れないようにしたい。
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2014年04月29日

昭和を振り返る

今日は昭和の日。至って何もない普通の休日だった。
あまりにも時間が空いたので、地下鉄でちょっと出かけてカフェでお茶した。
わりと近所にいいカフェがあるものだ。

せっかくの昭和の日なので、昭和時代を振り返ろうと思う。
昭和は64年1月初めで終わった。私が小学校6年の頃の話だ。
つまり私は昭和最後の小学生であり、平成最初の小学生でもある。

昭和時代にあって、今ないものを考えてみた。

・ダイヤル式電話
・チャンネルをまわすテレビ
・ビデオデッキ(及びテープ)
・ラジカセ(及びテープ)
・半ズボンの男の子
・ファミコン
・ゲームウォッチ
・岩倉具視の500円札
・ランキング形式の音楽番組

他にもあったような気がするけど・・・思い出せないな。
ダイヤル式電話は、0を回す時が戻ってくるのが遅いな〜と思ってた。
母はとてもダイヤルを回すのが早いからいつもすごいな〜と感心してた。

今の世の中、インターネットができてだいぶ便利になったけれど、
当時と今、そんなに大きくは変わってない気がする。
生活レベルも変わってないような気がするな。

私の親の世代になると子供の頃と大人になってからとでは、
生活レベルが大分違ったみたいだけど、
私は子供の頃から好きなものを食べれて、テレビも見れたし
好きな本や漫画も読めたし、特に不満なことはなかった。

むしろ私が子供の頃はバブルだったから、世の中がもっと
華やかだったような気もする・・・。

21世紀ってもっとすごい世の中になると思っていたけれど、
インターネットとパソコンと携帯以外は、当時とそんなに
変わってないんだよなぁ。
もちろん、他にもいろんな科学技術が発達しているんだろうけれど、
生活に直接関わるのはそれくらいなんじゃないかな。
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2014年04月12日

ごきげんよう

この春から始まったNHKの朝ドラ「花子とアン」を楽しく見ている。
「赤毛のアン」を翻訳した村岡花子さんの物語で、
明治時代のミッションスクールの女学校での寄宿舎生活がとてもおもしろい。

このドラマ、貧しい農家の出身の主人公「はな」が苦労しながら
女学校で英語を学んでいくのですが、周りがお嬢様ばかりで登場人物も個性派ぞろい。
中でも寄宿舎の同室の「白鳥かをる子」さんが出てくるだけで笑える!

ナレーターは美輪明宏さんで、あの声でいつもドラマの終わりには
「ごきげんよう、さようなら」と言うのである。
私にとってこの「ごきげんよう」という言葉は懐かしい響きでもある。

今から19年前に通っていた今は女子大学になった私の出身短大では
校門の入り口にいる守衛さんに「ごきげんよう」と挨拶するのが習わしだった。
私はどうしても恥ずかしくて、大きな声で言うことができなかったのだけど、
友人たちの前ではよくふざけて「では、ごきげんよう」と言ったものだった。

「ごきげんよう」と言うと、なんだか自分がちょっとだけお嬢様(笑)に
なった気がしてくすぐったい気持ちになった。
「ごきげんよう」は便利な言葉で、「こんにちは」の意味もあるし、
「さようなら」の意味もある。さらっとした軽い挨拶に使える言葉なのだ。

同じ系列の大学に編入してから、やはり校門には守衛さんがいたけれど、
共学の大学だからか、誰も「ごきげんよう」とは言わず、挨拶もしない。
たった2年間の短大生活だったけれど、静寂に包まれたキャンパスの雰囲気がとても好きだった。
そして、「ごきげんよう」という挨拶によって生まれる独特の空気感が好きだった。
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2013年08月15日

津田沼

私は地名が好きである。
地名の由来とかワクワクする。
Wikipediaに載ってるので時間を忘れてむさぼり読む。

さっきまでは『津田沼』を読んでいた。
津田沼と言う地名は、「谷津」「久々田」「鷺沼」という
3つの地名を複合してできた地名である。

津田沼は、埋め立てによって海岸線がどんどん東京湾へせり出していったので
昔の海岸線の名残が感じられるのがおもしろかった。
海が少しも見えない普通の住宅街に海苔屋さんがあったのも海を感じることができた。

津田沼、懐かしいなぁ〜。
高校を卒業してからしばらく行ってないけれど、きっと変わったんだろうなぁ。。

地名は楽しいね。いつか地名研究がしたい。
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2013年05月20日

丸文字考察(2)

(1)では、丸文字の私の記憶とWikipediaの概要をご紹介しました。
その概要の中に「ルリール体」と言う丸文字フォントがあるという点が
私はとても気になりました。

さらにWikipediaを読んでみると、1986年に開催された「マル字五十音コンテスト」で
入賞した作品が「イクール」「エツール」「ヨシール」として発売されているそうです。
フォント名はそれぞれ入賞者の名前を取って付けられているとのこと。

ということは・・・?

「ルリール体」も入賞者の名前を取って付けられたことが予想されます。
それは一体誰なのでしょうか。関連項目を見てみると・・・。

永田ルリ子 - ルリール体は彼女の手書き文字を参考に作成された。

「永田ルリ子」とは一体何者でしょうか。
気になるので、「永田ルリ子」の文字をクリックしてみました。

熊本県出身。千葉県立津田沼高等学校、和洋女子大学短期大学部国文科卒業。1985年5月17日に『夕やけニャンニャン』のオーディションに合格し、おニャン子クラブの会員番号18番となる。メンバーがソロでレコードを出す際の「with おニャン子クラブ」にも複数参加している。


な、、、なんと!!!
「ルリール体」の作者「永田ルリ子」さんは、かねがね学内で噂になっていた
私の出身高校を卒業したおニャン子クラブの先輩だったのです!!!
そんなに偉大な功績を残されているとは全く存じませんでした。

私の先輩が作ったその「ルリール体」は、お米「ひとめぼれ」の
パッケージに使われているそうです。

proxy.jpg

私が思っていた「ぶり字」よりも、さらさらと流れるように書かれている字ですね。
他にもテレビ番組の1コーナー「きょうのわんこ」でも使われているとのこと。

「丸文字」のフォントについては、こちらのブログが詳しいです。
今日のある方は是非ご覧下さい。

■丸文字「ルリール」や「イクール」の誕生と背景を、、、。
(文字ワールド and 絵本・イラスト and いまさら写植。なおさら写真植字。)
http://ameblo.jp/darukyo/entry-10303153165.html
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2013年05月18日

丸文字考察(1)

私が小学生の頃、卒業式シーズンになると「サイン帳」なるものが流行っていました。

それはたいてい、かわいいイラストが入っていたりピンクやオレンジやブルーなど
カラフルな横型の用紙で、表面は名前、住所、電話番号、似顔絵欄、血液型、趣味など
プロフィールを書く欄が設けられており、裏面はフリー欄となっていました。
そこに卒業にあたっての友達、知人へのメッセージを書いて連絡帳にしておくわけです。

私が小学校3年の終わりだったでしょうか。
仮入部で入ったトランペット鼓隊部(後にマーチングバンド部に改名)で、
ベルリラ(鉄琴を縦向きにしたもの)を担当していたのですが、その時の6年生が
書いていたサイン帳の文字が「ぶり字」でした。

「ぶり字」とは「ぶりっこ文字」の略で、一般的には「丸文字」と呼ばれます。
見た目はかわいい文字なのですが、反面、頭が悪そうにも見えます(^_^;
私よりちょっと年上のお姉さん世代に流行っていたようです。

無性に気になったので、Wikipediaで調べてみました。
一般的には手書き文字の書体とされ、丸ゴシック体とは異なる。
仮名漢字交じりの日本語の文章は、文字の特徴から角ばった箇所が目に付きやすく、文字や文章の印象が硬くなることを回避するために、1970年代から1980年代に女子小中高生の間で広く用いられていた。
(中略)
丸文字の流行が去った現在でも、男女世代を問わず丸文字に似た字を書く人も多いが、これは単なるクセ字の一種と捉えられている。丸文字調の手書き文字フォントも出ており、代表的なものとしては、平仮名のみでありながら1980年代半ばに流行した「ルリール体」がある。


むむ・・・・??
なんと丸文字の手書き文字フォントがあるようです。
その名も「ルリール体」???気になりますね。

その続きは(2)をお楽しみにね☆
posted by kaori at 11:54| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月08日

ハチ公の思い出

今日は4月8日。
ハチ公の日だそうです。

ハチ公というと、私が思い出すのは、
映画の「ハチ公物語」。
小学生の時に見ました。
ハチがかわいくて、犬が飼いたくなったことを思い出します。

それから、初めて私が渋谷のハチ公を訪れた時のこと。
小学校1年と2年の間の春休みに
母の友人との待ち合わせに行った時のことです。

渋谷の駅前は、今と変わらず人がわんさか。
まだ背が低かったせいか、人がいっぱいいたせいか、
肝心のハチ公はどこにいるのか、はっきりわかりませんでした。

当時、弟がウルトラマンに夢中だったので、
駅前の缶バッチの露店で、ウルトラマンとバルタン星が
戦っているバッチを買ってもらっていました。

私は当時流行っていた「かおり」という名前入りの
缶バッチを買ってもらったかなぁ。
でも、ウルトラマンがオリジナリティがあって、
少し羨ましかったな(笑)

時は過ぎ、社会人になってから仕事で
何度か渋谷に行ったけど、キャッチセールスの
お兄さんに腕に手をかけられたのが
ものすごく嫌で、それ以来しばらく渋谷を避けていました。

今は用事があれば行くけれど、もうキャッチに
引っかかるような歳でもないから、
たまには遊びに行ってみようかな?
posted by kaori at 18:51| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月19日

消えたマスコット

この前の日曜日に見た「ちびまる子ちゃん」の「消えたマスコット」という話は、
とてもリアルな話で見入ってしまった。

なぜなら、私もよくランドセルにかわいいマスコットをつけていて
なくしたことがあったからだ。

小学1年生の頃、母が買ってくれたピンク色のゾウのマスコットを
私は大変気に入っていた。

しかし、いつの日だったか、突然無くなってしまったのだ。
通学路を何度探しても見つからなかった。
私はマスコットを無くした悲しさと、母が買ってくれたものを無くした無念さで
とてもショックを受けて、その夜は悩んで眠れないほどだった。

ちょうど道徳の時間に、「物には魂がこもっていて、無くしたら
その物たちが泣いている」という物を大切にしようと言う趣旨の話が
教科書に載っていて、私はそれをまともに信じていたので、
『今頃、ピンクのゾウさんは泣いていないかな・・・なくしてごめんね』と
何度も心の中で謝り、小さな心を痛めていた。

「ちびまる子ちゃん」の話では、隣のクラスの子が思わず盗んでしまい、
後で告白してちゃんと返したという話だったが、こんな話は小学校には
よくある話で、私もかわいい鉛筆を盗まれたりしたことがあった。
女の子はとにかくかわいいものを学校に持っていきたがるのだ。

ちびまる子ちゃんは、小学生の女の子のよくある出来事をリアルに
再現しているので、『ああ〜、そんなことがあったなぁ』と
小学生時代を懐かしく思いながら見ている。
ただ、面白おかしいギャグ漫画だけではないのだ。
posted by kaori at 23:57| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月21日

B紙の謎

「B紙(ビーシ)」をご存知だろうか。

私は子供の頃、小学校でよく「B紙」を使って自由研究のまとめや
授業で使う発表資料を作っていた。

「B紙」とは、標準語では「模造紙」のことだ。
どうやら愛知県、岐阜県、三重県の北部だけで使われている言葉らしい。
私は高校で千葉に引っ越すまで「B紙」は標準語だと思っていた。

子供の頃、私は母に「B紙がほしいんだけど、文房具屋さんに売ってるかな?」と
聞いたら、「B紙???なにそれ?」と言われたことがある。
母は父に「B紙」について聞いた。父も理解できなかった。

我が家で「B紙とは何か」という両親と私の会話が続いた。
「発表に使う大きな白い紙で、マジックで文字を書くんだけど・・・」と説明すると
父は「それは模造紙だろう」と言った。

それを聞いて、私は「そっか、『模造紙』っていうのはお母さんたちの言い方で
古い言い方なんだな、『B紙』が新しい言い方なんだね」と思っていた。

でもそれは違っていた。日本の多くの地域では「模造紙」という呼び方が
一般的で、父の育った東京、母の育った大阪でも、「B紙」ではなく、
「模造紙」と読んでいたのだ。

なぜ愛知県周辺だけで「B紙」という呼び方が浸透したのか?
それをわかりやすく説明している中日新聞の記事をネットで見つけた。

世界でも珍しいといわれる紙専門の「紙の博物館」(東京都北区)
へ飛んだ。館内の図書館で司書の竹田理恵子さん(51)もこう言った。
「ビーシはB模造紙を略しているという説が有力です」


むむ・・・「B模造紙」って何・・・?
名古屋・栄の丸善名古屋栄店 文具フロアグループ長の梅本智之さん(38)が、自説を語った。
 「ビーシとはすなわちB紙。ヨーロッパで日本の和紙に似せて作った紙がヒットし、大正時代に日本へ輸入された。その紙を模造して日本で作った紙を模造紙と呼んだらしいのです。二種類あってつや付きを『A模造紙』、つや無しを『B模造紙』と名付けた。ビーシはつや無しですから、B模造紙が縮まりB紙となったと考えられます」


ほうほう、なるほど・・・。
A模造紙があるとは知らなかったー!

「B紙」という呼び方の他にも、タイヨーシ(新潟)、オーバンシ(山形、山口)、
トリノコヨーシ(愛媛、香川)、ヒロヨーシ(熊本、佐賀の一部)、
ヒロハバヨーシ(鹿児島の一部)、ガンピ(富山)と七種類も呼び名があるとのこと。
そんなにたくさんの呼び名があることにも驚いた!

私にとっては「B紙」っていう呼び方は懐かしい。
もう何十年も聞いていないけれど、小学生の頃を思い出す。
ちょっと地域が異なるだけで呼び方が変わるなんて、言葉っておもしろいね。

■なぜビーシ?名古屋圏独特の縮め方 模造紙、他地域もユニークな呼び名(中日新聞)
http://www.chunichi.co.jp/article/aichi/ntok0071/list/CK2008102802100010.html
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2012年12月12日

サンタクロースが消えた日

さっき今時の小学生がサンタクロースにどんな手紙を書いているかという
ネットの記事を読んでいたら、自分の子供の頃を思い出しました。

私は子供の頃(いやいや、今も!)とてもピュアだったので、
サンタクロースが実在すると小学4年くらいまで信じていました。
もちろん、手紙を書いたこともあります。

だけど、あれは4年生の頃だったかな、朝起きてみると、
私がほしいと思っていたプレゼントとは違うプレゼントが枕元にあったのです。
すごーくほしいものだったので、ショックでした。
そして、さらにショックだったのは、その時まで信じていたサンタクロースは
すべて夢物語だったと悟ったことでした。
サンタクロースならどんなプレゼントでも届けてくれるものだと信じていたからです。

そのことがショックすぎて大泣きしました。
両親は私がほしかったプレゼントをもらえなかったことで悲しんでいると
勘違いしていたようですが、私はそんなワガママな子供ではありませんでした。
サンタクロースのおじいさんが実在しないことのショックのほうが大きかったのです。

今思うとピュアすぎて笑えますが、当時は真剣だったんですよね。
でも、そんなことも真剣に信じられる純粋な心が持てた子供で良かったと思っています。
私も将来子供ができたら、サンタクロースを信じさせたいな。
もし私と性格が似ていたら、真実がわかったとき泣いちゃうかもしれないけどね(^_^;)
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2012年07月20日

歌集

先日なぜか急に、小学校の時に歌った歌を思い出した。

「空を飛ぶ鳥のように自由に生きる」

何だっけ…?この歌。
そうだ!
これは「今日の日はさようなら」だ!!

この歌いいよね。詩もいいよね。

いつまでも絶えることなく
友だちでいよう
明日の日を夢見て
希望の道を

空を飛ぶ鳥のように
自由に生きる
今日の日はさようなら
またあう日まで

信じあうよろこびを
大切にしよう
今日の日はさようなら
またあう日まで
またあう日まで


小学生の時に持ち歩いていた「歌集」に載っていたと思う。
私は暇な時に歌集を見て、最初から最後まで歌うのが好きだった。
学校では恥ずかしいから家で一人でね(;^ω^)

すると、母が私の歌集を横取りして歌い始めるのだ。
私の知らないロシアの歌を母は懐かしそうに無邪気に歌っていた。

ちょっと調べたら、今も歌集あるんだね。↓
http://www.kyogei.co.jp/data_room/hitokuchi/utatomo_3.html

「世界に一つだけの花」や「Tomorrow」など最近の曲が
載っているところが私の時代とは違うわ〜。

でも、昔ながらの曲も載っててうれしい。
「翼をください」とか「歌え バンバン」とか好きだった。
歌ってると、気持ちがすっきりするんだよね。

「あわてんぼうのサンタクロース」は幼稚園のとき、好きだったな。
ユーモラスでかわいいんだよね。この歌に出てくるサンタが。

私の時の歌集にも流行りの曲が載っていて「乾杯」とか「パラダイス銀河」が
載っていた記憶がー・・・時代を感じるね(;・∀・)

あ〜、この歌集ほしい。380円って安すぎ!!
でも本当は私の時代の曲を集めた歌集を作りたい!
posted by kaori at 23:57| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月15日

ハイサイ。ドゥーヤkaoriヤイビン。

ハイサイ。ドゥーヤkaoriヤイビン。チューヤうちなー返還40周年ヌ日だね。
うちなー返還ヌ前ヤ、アメリカ領だったから、旅行するときンカイもパスポートが
必要だったんだって。 父がそう話していたよ。

うちなーっていうと、「普天間基地」とか「美ら海水族館」とかを思い浮かべるチュが
多いと思いますが、ドゥーヤ「パイナップル」を思い浮かべます。
なぜなら、ドゥーヌ父ヌ叔父さん(ドゥーヌ大叔父)が、うちなーンカイ住んでいて、
ドゥーがワラバーヌ頃 夏ンカイなるとヒッチィーパイナップルをまるごと、
どどーんと送ってくれたからヤイビン。

それを包丁でざくっと切って、パイナップルボードンカイして食べていました。
生ヌパイナップルヤ、甘酸っぱくておいしかったヤイビン。
ンレー、母ンカイとってヤあまりうれしくなかったようヤイビン。

なぜなら、母ヤ生ヌパイナップルをカムンとワタが痛くなってしまう、
「パイナップルアレルギー」ヌためヤイビン。
しまいンカイヤ見るヌも嫌ンカイなり、パイナップルボードヤ父が作ってくれました。

最近でヤパイナップルでヤなく、アップルマンゴーを送ってくれました。
ドゥーヤアップルマンゴーが大好きなヌで、イッペー嬉しかったヤイビン。
ヤシガ、パイナップルヌ苦手な母ヤ、もっと嬉しかったことでしょう。

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標準語はドラッグして見てね↓

こんにちは。私はkaoriです。今日は沖縄返還40周年の日だね。
だから今回は、沖縄方言で書いてみました。
沖縄返還の前は、アメリカ領だったから、旅行するときにもパスポートが
必要だったんだって。父がそう話していたよ。

沖縄っていうと、「普天間基地」とか「美ら海水族館」とかを思い浮かべる人が
多いと思いますが、私は「パイナップル」を思い浮かべます。
なぜなら、私の父の叔父さん(私の大叔父)が、沖縄に住んでいて、私が子供の頃
夏になるといつもパイナップルをまるごと、どどーんと送ってくれたからです。

それを包丁でざくっと切って、パイナップルボードにして食べていました。
生のパイナップルは、甘酸っぱくておいしかったです。
でも、母にとってはあまりうれしくなかったようです。

なぜなら、母は生のパイナップルを食べるとお腹が痛くなってしまう、
「パイナップルアレルギー」のためです。
しまいには見るのも嫌になり、パイナップルボードは父が作ってくれました。

最近ではパイナップルではなく、アップルマンゴーを送ってくれました。
私はアップルマンゴーが大好きなので、とても嬉しかったです。
しかし、パイナップルの苦手な母は、もっと嬉しかったことでしょう。

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ここのサイトで変換してくれます↓
■沖縄方言に変換(あじまぁ沖縄方言)
http://hougen.ajima.jp/honyaku/
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2012年05月06日

子供部屋

今日、昼間に子供の頃に買った漫画「ちびまる子ちゃん」の2巻を見ていたら
あまりにもおもしろくて大笑いしてしまった。

夕方、今度はアニメの「ちびまる子ちゃん」を見ていたら
たまたま漫画で見た「家庭訪問」の回だった。
これを見ていると、私は「あ〜あ〜わかるわかる」といつも思う。
まる子ではなく、おねえちゃんの立場として。

まる子はおねえちゃんと同じ子供部屋なのだが、いつも散らかしているので
家庭訪問の前に片付けなさいとお母さんから怒られてしぶしぶ片づける(?)
という話である。

私も小学生の頃は、弟と同じ部屋だった。
弟はいつもおもちゃや漫画や教科書やノートを散らかし放題だった。
私は部屋に見えない「境界線」を作り、「ここからは私の敷地だから散らかさないで!」
とよく言ったものだった。

しかし、中学生になり、自分だけの部屋を与えられるようになると
今度は油断したのか、あまりきれいな部屋とは言えなくなっていった。
恥ずかしながら、急な来客があるときは紙袋にいろんな物を押し込んで
「にわか片付け」をしたものだった。(まる子と同じ方法・・・(;・∀・))

ところが、20代のある時、私は片づけに目覚めた。
部屋にある不要なものを捨て、整理整頓をした。
弟からもらった黒いカラーボックスを白に塗ってコンポを収めた。
床には直接物は置かないと決めて、部屋を片付けた。

片づけると気持ちがすっきりする。心地よくなる。
私は今でも整理上手とは言えないけれど、自分の部屋は
気持ちが落ち着ける程度に片付いていると思っている。
posted by kaori at 23:37| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月24日

女子だけの学生生活

今月から始まったNHKの朝ドラ「梅ちゃん先生」を見ています。
今、ちょうど主人公の梅子が女子医専の新入生になったところで、
私も短大に入った時のことを思い出します。

女子だけの学校という点が共通していますが、
班に分かれるというところも似ていて懐かしいです。
(私の学校ではクラスに分かれていました)

あの時の新鮮な気持ちは今でも忘れられません。
大学受験からの解放感、サークルの勧誘、新しい教科書、
古い校舎やクラスメイトとの会話など、懐かしいです。
もう17年も前の話になるんだな〜・・・。

短大のキャンパスでは、学食を食べたり、友達と空き時間に話したり
棲みついている猫と触れ合ったり、図書館で勉強したり
学生会館の2階から転げ落ちたり(笑)と思い出がいっぱいです。
またいつか行ってみたいなぁ。煉瓦に囲まれたあの空間が大好きです。
posted by kaori at 22:41| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月23日

日本一大きな郵便局

今日のブラタモリで、『日本一大きな郵便局』=新東京郵便局が紹介されるようですね。
始まる前の今からワクワクしています。

私はこの「新東京郵便局」で年末年始にバイトをしていました。
工場みたいに大きなこの郵便局がとても好きだったんです。

新東京郵便局のバイトとの出会いは、短大時代。
短大の掲示板に出ていたバイトのお知らせから応募しました。

ちょうど家からの帰り道の途中にある「東陽町」からバスに乗って10分ほどのところに、
工場街のような、ガランとした土地に大きな郵便局がありました。

あまりにも広い郵便局だったので、中には車のようなものが走っていました。
その車が通るときは、『アマリリス』の曲がかかるので楽しい気分になりました。
でも、それ以外に曲はなく、シーンとしているので、ちょっと無機質でした。

私は臨時のバイトでしたが、常勤のバイトまたはパートの方は
紺色の郵便エプロンを身に着け、「郵便体操」をしているところもあり、
「郵趣(郵便関連の趣味のこと)」な私はとてもうらやましかったです。

短大1年の年末年始(1995年〜1996年)の仕事は、「区分機」でした。
これは郵便番号を認識して地域ごとに区分する賢い機械のことで、
私は区分されたハガキを大きな輪ゴムで把捉する仕事をしていました。

ところが、数日経ってようやく仕事に慣れ始めた頃、なぜか私だけ呼ばれて
ゆうめいと(郵便局のバイトのこと)の出勤チェックをする事務のお手伝いをすることに。
定規できちっと線を引いたり、出勤のハンコを押したり、地味な仕事だったけど
局員のおじさんがいつも私の仕事を誉めてくれたので楽しかったです。

短大2年の年末年始(1996年〜1997年)の仕事は、「大区分」でした。
この仕事は1年目の時にもやっていましたが、「区分機」には読み取りできなかった
ちょっとクセのあるハガキを、目視で番号ごとに分かれた箱に区分するという仕事。

これが地味ながらも楽しいのです!!!
私はいかにうまくハガキを早くさばけるかを、自分の課題にしていました。
郵便番号と区分箱の位置を覚えると、素早くさばけるということを発見し、
私は東京都の郵便番号を大体暗記していました!

当時はまだ郵便番号は3ケタの時代でしたから、覚えるのも簡単でした。
今でも「101」=千代田区「103」=中央区など、覚えています。
この仕事で郵便番号に興味を持ち、「郵便番号簿」を購入しました。
ただ郵便番号を眺めているだけで楽しかった、当時の私って変わった子ね・・・。

本当は私、郵便局員になりたかったのですが・・・。
公務員になるには試験を受ける必要があったので
あっさりあきらめました(でも今でも憧れています)。

いつかまた「ゆうめいと」になれる日が来るかもしれません。

≪関連過去ログ≫
■東陽町(2007年12月9日)
http://caorine.seesaa.net/article/94070126.html
posted by kaori at 21:19| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月13日

ゲラゲラバニラ

今日のお昼ご飯を買いにファミマに行ったら、懐かしい曲が流れていた。
私が小学校3年生ぐらいに流行っていた中森明菜の「DESIRE」だった。
今ネットで調べたら、1986年の曲だってー!26年前だよ。。

同じクラスで仲の良かった友達Kちゃんが真似をして歌っていたので、
私もふざけて一緒に歌っていた。

その時は「Get up, Get up, Get up, Get up, burning love〜〜〜〜〜♪」という歌詞が、

「ゲラ ゲラ ゲラ ゲラ バ〜ニラ〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」と聞こえたので

友達とそう歌っていた。

でも、家で歌っていたら、母が「違うでしょ」と言って少し笑っていた。
「え、違うの???でも中森明菜もそう歌ってるじゃん」って言った記憶がある。

子供の頃の私は、この曲の主人公はなんか面白いことがあって、
『ゲラゲラ』笑っていて『バニラ』味のアイスを食べているものだと思っていた。
その割には、激しい曲調だったので、なんか面白い歌だな〜と思っていた。
そして、「デザイア」は、「デザイナー」の仲間だと思っていた。

今改めて歌詞を見てみると、結構色っぽい感じの曲だったのね〜。
10歳にも満たない当時の私にはわかるわけもないか!


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2012年01月19日

花いちもんめ

さっきちょっとネットで調べものをしていたら、
子供の頃によく学校のみんなで遊んだ『花いちもんめ』の歌詞が出てきました。
地域によって歌詞に違いがあるようですね。

このわらべ歌は悲しい人買いの歌のようですね・・・。
「花」は子供や娘の例えと言われているようです。
それが現代にも子供の遊びとして残っているとは、皮肉なことです。

ちなみに私がいたところ(名古屋&瀬戸)では、こんな歌詞でした。

---------------------------------------------------------------
かってうれしい はないちもんめ
まけてくやしい はないちもんめ

となりのおばさん ちょっとおいで おにがいるから よーいかん
おかまかぶって ちょっとおいで おかまそこぬけ よーいかん

ざぶとん(ふとん?)かぶって ちょっとおいで
ざぶとん(ふとん?)びりびり よーいかん

あのこがほしい あのこじゃわからん このこがほしい 
このこじゃわからん そうだんしましょ そうしましょ

(相談)

きーまった!
○○ちゃんがほしい
△△ちゃんがほしい

(ジャンケン)
---------------------------------------------------------------

母の子供の頃は、「たんすながもち」という歌詞があったと話していました。
地域によって大分違うんですね。

小学校の運動場で砂埃立てながら、大声で歌っていた日が懐かしいです。
髪を振り乱しながら、叫ぶように歌っていた元気のいい子もいたけれど、
私はそういう子を見て笑いながら、少し遠慮目に普通の声で歌う子でした。

今も昔も性格は変わってないってことですね(´∀`*)

#こちらのサイトにいろんな地域の歌詞が載っていました↓

■はないちもんめの歌詞について教えてもらえませんか?
http://homepage2.nifty.com/osiete/s597.htm
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2012年01月06日

謎のおもちゃ

懐かしいものを集めたサイトを見ていたら、子供の頃に遊んだ
『謎のおもちゃ』をいろいろ思い出したので紹介しよう。

@うなぎ小僧つるべえ

ネットで調べたところ、「野村トーイ」という会社が販売していたらしい。
これはねぇ・・・なんというか、触ると滑るんだよね。それだけ。
見た目は緑っぽい色で、手で握れるくらいの円柱なのね。
多分、外側はゴムでできているのではないかしら。
きっと中には水ではない液体が入っていて、つかもうとすると
うなぎのように手からつるっと滑り落ちるのね。
子供の頃はよく弟とこれで遊んだ。今思うと不思議なおもちゃだった。

Aスライム

これはみんな知ってるだろうけれど、小さなポリバケツのような、
フィルムケースのような入れ物に、ドロ〜〜〜〜ッとしたスライムが入っている。
なんとも気持ちの悪いおもちゃだった。
私は苦手だったが、弟は好きだったみたい。

Bカメレオンの舌

これはね、カメレオンが舌をベローーーンと出しているんだけど、
その舌がベトベトした素材でできていて、これがまた気持ち悪いんだよね。
弟がよく遊んでいたけれど、じゅうたんに置くと、ほこりだらけになって
見た目も汚かったのをよく覚えている。

どのおもちゃも触感が独特なんだよね。弟はこういう系が好きだったな。

私はこういう安価のおもちゃだと、スーパーボール、ポッピンアイが好きだったわ。
よくスーパーボールを大小集めて、一気に床や壁に当てて遊んだなぁ。
ポッピンアイも大小集めて一気にとばしていた。
それと100円で売ってるゴムボールを寝転がって天井に向かって
スピンをかけて投げたりしてたな。なんか男の子みたいだった。

ちなみに私はシルバニアファミリー、リカちゃん、ジェニー、バービーなどの
人形には全く興味がなく、母や祖母の趣味で買っていたが、遊んだ記憶がない。
おままごとのようなことは子供っぽくて嫌いだったのね。(てか、子供だったんだけど)
posted by kaori at 20:36| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月26日

陶器の汁椀

一昨日の『カーネーション』を見た後に、

「あのね、朝食のシーンの時に半分茶色で半分白の陶器のお椀を使っていたんだけど、
僕もあれと同じのを使ってたよ」

と別宅の主が話してくれた。

そのときは『へぇ〜そういうのがあるんだ〜』としか思わなかったが、
今日改めて録画していた一昨日のカーネーションを見てみると・・・。

「あ〜〜〜〜〜あれのことか!!!」

と思い出した。

私も大阪の祖母の家で、陶器のお椀を使っていた。
『なぜ陶器なんだろう?』『手が熱いなぁ・・・』と
小さい頃はよく思ったものだ。
でも冷めにくいからか、お味噌汁がいつもより美味しく感じられた。

『それにしても、なぜ陶器なんだろう?』と改めて不思議に思い、調べてみた。

こちらのブログによると・・・。

陶器の汁椀は、昭和30年代くらいまでの物とのこと。
しかしその後、安くて軽くて大量生産ができて壊れない、
合成樹脂のお椀ができたことで、この陶器の汁椀は廃れていったらしい。

私の実家では、多分だけど小さい頃から合成樹脂の漆器風のお椀を使っていた。
お正月には本物の漆器のお椀でお雑煮を食べるけれど・・・。

だから、この陶器の汁椀を見ると、おばあちゃんのお味噌汁を思い出す。
おばあちゃんのお味噌汁は、赤だしで、具だくさん。
溶き卵まで入っていて、これがたまらなく美味しいんだよね。。。
posted by kaori at 20:21| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月25日

心斎橋

今日は朝のNHKドラマ『カーネーション』に心斎橋が出てきた。

私は大阪に祖母が住んでいるので、子どもの頃から
時々心斎橋へ出かけたことがある。

ドラマの中では、主人公の糸子が心斎橋でお洒落なカフェに入る。
私はそれを見ていると、自分の心の中の心斎橋の思い出がよみがえるのである。

なぜなら、私の中で

心斎橋=お買いものをする街 or 美味しいものを食べる街

だから。

『心斎橋に行こう』という話になるとうれしかった記憶がある。
祖母がまだ元気な時は、さっさと速足で地下鉄を乗り継ぎ、
デパートのフロアを歩き、夜には必ず美味しいものをご馳走してくれた。

大阪のデパ地下は食料品売り場でおじさんが大きな声を張り上げている。
活気のある街だなぁ、と子供心ながらに思ったものだった。

私は名古屋とその近郊で育ったが、父の実家が東京、母の実家は大阪だから
東京、名古屋、大阪のどの街にも親しみがある。
それぞれ文化や人柄が違っていておもしろい。

うーん・・・でも、いったい私はどこの文化に一番なじみがあるんだろう?
一番長く生活しているのは東京だから、やっぱり東京になるのかな。
posted by kaori at 23:57| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月18日

注射の思い出

冬も近づいてきて風邪をひく人も増えてきた。
職場でも咳をする人が増えて、私も少し喉がかゆい。

私の会社では今年からインフルエンザの集団予防接種をするそうだ。
希望者のみで、費用は無料。
5年ほど前にインフルエンザにかかって動けなくなり、自宅で一人寝込んでいた私は
『あれほど苦しむくらいなら接種した方が良い』と判断し申し込んだ。

注射と言うと、忘れられない思い出がある。
まだ幼稚園に通っていた頃、名古屋の今池あたりにあった大きな病院に行って
アレルギーのパッチテストを受けた。

当時のパッチテストは現在のように血液検査だけではできず、
さまざまなアレルゲンの注射を一本ずつ打って、反応を見るものだった。

私は母と約束をした。
『全ての注射を打って泣かなかったらごほうびをあげる』と。
片腕を出して、順番に10本ほどの注射を打った。
そして最後には、一番大きな血液を抜く注射。

私は怖かったし痛かったけれど、泣かないように歯をくいしばって我慢した。
『幼稚園に通っている私はもう赤ちゃんではない、お姉ちゃんなのだ』と
自分に言い聞かせていたと思う。

我慢強い私は涙を一滴も流すことなく検査を終えた。
母に何を買ってもらったのかは覚えていないが、
古くて大きな総合病院と、10本以上の注射の記憶だけが残っている。
posted by kaori at 21:24| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月21日

バッテンロボ丸

なんかいろいろネット見てたら、急に思い出した。

子供の頃、「バッテンロボ丸」の超合金のおもちゃを持っていたなぁ、と。
CMを見て、どうしてもほしかった記憶がある。

これこれ。↓
robomaru.jpg
当時価格1950円もしたみたい。

顔の形が変わるのが面白くて楽しかった。
でも、TV番組自体は見た記憶がほとんどないんだよね〜。

このおもちゃのことを思いだしたら、
他にもダブルスクリーンのゲームウォッチとか思い出したわ。
まだファミコンが流行る前の話ね。懐かしいわ。

あの頃の私は、電子音が鳴るものがハイテクっぽくて好きだったな。
父親はいつも最新の電卓を持っていて、10年くらい前に流行ってた
携帯の着メロみたいにドレミファ音を登録して再生ができた。
再生するのが楽しくて、簡単な曲を入れては何度も再生していたなぁ。

小さいころの私って女の子なのにバービーとか
シルバニアファミリーとかの人形には全く興味がなくて
親がたくさん買ってくれたけど、あまりうれしくなかった。
それよりも、電子音や超合金が好きだったね。男の子っぽい趣味だったみたい。

ちなみにバッテンロボ丸の声はヘドリアン女王だそうです。
イメージが全然違うわ〜。

↓大きな音が出るので注意してください!


■バッテンロボ丸(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%AD%E3%83%9C%E4%B8%B8
posted by kaori at 23:57| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月16日

先輩!

最近、職場の同僚から「先輩」づけで呼ばれることがあります。
同年代の方なんだけど、なぜでしょうね・・・(;^ω^)

そういえば、小学校高学年の時にも、私のことを
「S(名字)先輩!!」と呼んでくれる女子のクラスメイトがいました。

その子はミルキーというあだ名の子で、突然私のところに駆け寄っては
目をキラキラさせながら、乙女チックに両手を胸の前で組んで、
「S先輩!お元気ですか!?」などと敬語で話すのです。

最初は『同じ歳なのに不思議な子だなぁ』と、とまどいましたが、
素直で明るくて面白い子だったし、私を慕ってそう呼んでくれていたので
そのうち笑いながら仲良く話をしていた記憶があります。

中学生の時にはある特定の2,3人の男子から「先生」とか「さん」づけで呼ばれて
敬語で話をされていたこともあったし、それを聞いても私は普通に対応していたから
ある意味、その男子たちはそのやりとり自体を楽しんでいる雰囲気もありました。

・・・っていうか。。

私って遊ばれてるのかも???(;・∀・)
posted by kaori at 22:10| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月08日

就職活動の思い出

昨日から会社の新卒採用の面接に大学生が訪れている。

それを見て初々しいなぁ、と思うのと同時に、私の就職活動を思い出した。
今思えばなんと辛く苦しい活動だったことか。
あれはもう12年も前のことになるんだよね。

私ったら、気合い入れて3年生の終わり頃から活動して52社も受けたんだったよね。
それでもなかなか決まらなくて、6月に今の会社の面接を受けてから
7月末まで結果が来なくて、他の会社も内定1社ももらってなくて、
「私は社会から必要とされない人間なんだ」とか言って
当時の彼に愚痴ったり、泣いた記憶があるわ。。。
きっとネガティブすぎる私の対応に困ったことだろうね。
いやいや、迷惑かけたね。すみませんね。

結果として今の会社に入れて、まぁよかったと思う。
休みも好きなときに取れるし給料も普通?にもらえるし
一人暮らしができるのも今の会社だったからってこともあるから。

まさかこんなに長く勤めることになるとはね・・・。
仕事は今でもものすごく好き!というわけではないけれど、
自分なりに社会勉強も自己啓発もできてお金ももらえるから
人生においては、良い時間の使い方だと思っている。
posted by kaori at 23:57| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月03日

赤面日記

定規を探すために、実家の勉強机の引き出しをあさっていたら、
私が小学生の時に母からもらった味の素の「コンソメノート」という名の
小さいノートが出てきた。

私はこのノートのデザインがとても気に入っていた。
小さな女の子が部屋の中から雪の降る窓の外から手を出して
雪を手のひらで触っている。食卓には食事の準備中なのか、
お皿やナイフ、フォーク、スプーンが並べられている。
ピンクとブルーを中心としたパステルカラーの配色も好きだった。

201105031055000.jpg

その中には、昭和59年11月15日から平成8年11月29日までの
日記が7日分書かれていた。
私がこのノートを開いたとき、ときどき気まぐれに書いていたようだ。

201105031056000.jpg

上の写真はそのノートの1ページ目。
昭和59年11月15日、私が8歳になる直前の日記。
学校の展覧会の様子などがうかがえる。
うん、至極、真面目な子だわ。

2つ目の日記は幼なじみのKちゃん家族と行ったスキーのことが書かれている。
バスの中が暑かったらしい。

3つ目の日記はずっと先の平成2年2月26日。
朝礼の校長先生の話が暇だったため、期末テストの国語の結果が
いつ返ってくるかについて考えていたことや、
家庭科のテストが58点という悪い結果で落ち込んだことが書かれている。

次の日記は2年後の平成4年2月4日。
ちょうど高校受験の年で、私立の一般入試前日だったらしい。
県外受験のこと、中学3年間が短かったこと、そして最後に
『高校はすべて合格する!なにがなんでも!!』と意気込みが書かれている。

その次は高校時代をスキップして3年後の平成7年6月10日。
短大のキャンパス内での『白鳥麗子でございます!』の
エキストラ出演について書かれている。
出演料がレモンスカッシュだけだったと不満を漏らしている。
麗子の高笑いが学内に響き渡っていたらしい。

まぁ、ここまでは平常心で読めた・・・。

しかし!!!!!
平成8年の日記、あ、、、あれは一体なんなの・・・?
とてもネット上には載せられない!!!

恥ずかし過ぎて顔がひきつってしまった。そして同時に、寒気もした。
当時の私がもし目の前にいたら、思わずたたきたくなる!
あーーこの馬鹿馬鹿馬鹿娘が!!!
一人で勝手に盛り上がってるし。。

人って誰しも恥ずかしい時代があるのよね。。
ああ、この平成8年の記録だけは誰にも見られたくないわ。。。
誰にも見つからないよう、引き出しの奥にそ〜っとしまっておこう。
posted by kaori at 11:17| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月19日

方言×ダジャレ

さっき方言の話をしていたら、懐かしいダジャレを思い出しました。

そのダジャレとは・・・。

アラスカに住んでる人なんてあらーすか!

… ガクガクブルブル((;゜Д゜))ガクブルガク…

今思うとものすごくくだらない・・・。
しかもこのダジャレ、私の住んでいたところの人じゃないと
意味がわからない・・・。

知っている人もいると思うけど一応解説すると・・・

「あらーすか」=「いるはずがない(あるはずがない)」って感じでしょうか。

私の父は東京、母が大阪の出身で、私自身は中学卒業まで名古屋と瀬戸で育ったので
方言を使っていたわけではなく、基本は標準語だったんだけど、
イントネーションだけ名古屋と瀬戸と大阪が混じっていました。

東京方面に来て、「机をつる」っていうのが方言だったことに驚いたわ。
普通は「机を運ぶ」っていうのね。。。

「〜ばっか」っていうのも方言なの?(「〜ばかり」という意味)
私は日常的に「今日のテレビもつまらんものばっかだわ」とか使ってるんだけど。

■瀬戸弁辞典
http://www.nagoyanavi.jp/nagoyaben/setoben.htm
posted by kaori at 23:57| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月09日

先生が!!!

今日、どうしても小学校の時に歌っていた卒業式の歌の歌詞が知りたくて、
私が卒業した小学校名をググっていたら・・・。

なんと!私が小学校4年の時の担任のI先生が校長になっているではありませんか!!!
当時は忘れ物をすると、大きな定規でケツバット(=お尻を叩くお仕置き)をする
若くて背の高い先生でしたが、女子にはなかなか人気がありました。

休み時間になると、私を含めた女子はI先生の席に近寄り、
鉛筆や定規で机に伏して寝ている先生の髪の毛をいじってからかっていました。
(なんていううっとーしー子供たちなんだ・・・)

まだ小さいお子さんの名前は「かな」ちゃんという名前で、
先生は「どうしようかな?」と考えて決めたんだと話していて、
そんなダジャレにみんなでよく笑っていました。

I先生は中学でも別のクラスの担任で理科の先生をしていたけれど、
小学校の時の理科の時間に、川の観察(運動場にできた溝の観察)の観察記を読んで、
私の観察力、分析力を褒めてくれました。
そんなところを褒めてくれたのはI先生だけだったな。

今の画像と動画を見ましたが、ちょっと顔が変わったかな、と思うくらいで
当時とあまり変わっていない・・・!
でもやっぱ当時と比べると歳をとったかしら。私もだけどね・・・。

ネットにも写真が載ってた・・・↓
http://www.bellmark.or.jp/news/information/874/645.html
posted by kaori at 18:40| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月05日

マジソン

今日テレビを見ていたら、「マジソン」という懐かしい言葉が聞こえた。

その昔、私が中学生のときに「MADISON SQUARE GARDEN」と書かれた
スポーツバッグをサブバッグとして使っていた。

こんなバッグ。一時期リバイバルで流行った時もあったけど・・・。

madison.JPG

しかし、母からは「今頃マジソン使ってるの?昔流行ったのよ!」
とよく言われていた。

では、このマジソンは、いつ流行っていたのだろうか・・・?
気になったので調べてみた。

エース株式会社が、1968年から1978年にかけて、製造・販売していた絹目ビニール製バッグ。創業者・新川柳作の考案による。表面にMADISON SQUARE GARDEN / SPORTSMAN CLUB / boxing wrestling footballの文字と星条旗またはワシのマークが入れられ、学生用バッグとして人気があった。一部の中学校では“スポーツバッグ”の呼称でも呼ばれていた。なお、エース株式会社は、本品の意匠登録をしていなかった模様で、廉価版の模造品が続出した。
この意匠は、エース株式会社のオリジナルであり、マディソン・スクエア・ガーデンにはない。


ふむふむ・・・つまり、私が中学のときの1990年頃には
かなり時代遅れのバッグだったといえる。

なにしろ私の彼が中学生か高校生の時に持っていたというくらいだから・・・。
ちょうどその当時はかっこいいバッグだったのだろう。
posted by kaori at 23:14| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月19日

タッチを毎日見ている。

週末の夜だというのに、暇をもてあましている三十路女です。

昨日から東京MXTVでタッチを見始めました。
タッチは、確か私が小学校三年くらいのときに
日曜の夜7時からフジテレビ系列でアニメ放映されていました。

よく考えてみると、25年前のアニメじゃない!?
すごいな、東京MXTVは・・・。
ターゲットは私みたいな三十代暇人なのかな。

小学生の時はタッチが好きな子が多くて下敷き持ってたり、
和也と達也のどっちがいいかと話したり、とにかく人気でした。
でもストーリーは恋愛絡みのスポーツ漫画なので、小学生にはちょっと早い気がします。

実際、私が子供の時にタッチの漫画を読んでも全然面白くなかった記憶があります。
セリフが少なくて、「行間を読む」必要があったからかもしれません。
アニメは子供向けに多少面白く編集されているみたいです。

私がこの漫画を好きになったのは、高校の時にワイド版の単行本で買い始めてからです。
弟と二人で何度も夢中になって読んだものでした。今も実家に全巻置いてあります。

今日のアニメは、南の日記の話でした。
これはかなり初期の方です。
まだ和也が死んでないので明るくて楽しい時期です。

私がこの漫画を読んでいていつも思うのは、
「南風」がいかにも80年代の喫茶店で懐かしい!ということです。

だって、テーブルがゲームになってるんだよ・・・。
入るとカウンターにマスターがいるんだよ・・・。
そして、ドアを開けると、「カランコロ〜ン♪」という鐘の音が鳴る・・・。

子供の時は、よくそういう喫茶店あったような気がする。
そういえば、いつの間になくなったんだろう?
posted by kaori at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月13日

思い出のソフトドリンク

All Aboutで見つけた「あのソフトドリンクをもう一度」というサイトの記事を見ていたら、
急に懐かしい思い出がよみがえってきて、書かずにはいられなくなりました。

ソフトドリンクは自販機やコンビニなどで普段から私たちの目につきやすい商品ですが、
いつの間にか古いものは消えて、新しいものが出てくるという入れ替えの激しい商品ですよね。

私はコンビニで2年ほど働いていたので、缶コーヒーをあたためたり、冷蔵庫の中に入って
缶ジュースの品出しをして寒くてくしゃみが出たり、いろんなソフトドリンクの思い出があります。
子供の頃からあまりジュースは飲まないほうでしたが、缶を見ていると懐かしい記憶がよみがえってきます。

今日は私の思い出に残るソフトドリンクを紹介します。

まず、高校のときの思い出のソフトドリンクから。

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アンバサは「飲むとハゲる」とどっかにいたずら書きがされていたなぁ。あの噂は本当なの?
カルピスウォーターは私には味が薄かったけれど、当時発売されたばかりで人気でした。
BOSSは苦い思い出があります。Y駅でこれを買って、干潟で鳥を眺めながら悲しみに浸っていました。
タブクリアは当時CMで話題になった謎のソフトドリンクだったけど、激マズという噂でした。

次は、大学時代の思い出のソフトドリンク。

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爽健美茶は、当時『茶流彩彩』というブランド名がついていたんです。
短大1年の夏休み、九州合宿でこのお茶を何本も飲みました。もちろんお酒の間にも・・・。
私たちの間では一番人気のお茶でした。
MAX coffeeは千葉限定のコカ・コーラ発売のすごく甘いコーヒー飲料。
千葉を出るまで全国区だと思っていたけど、限定商品だったのね。昨年からは全国販売されているそうです。

最後に、子供の頃の思い出のソフトドリンク。

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ハイシーは、果汁20%くらいの飲料でした。今の「Qoo」ですね。よく子供の頃に飲みました。
でも今見るとずいぶん大人っぽいデザインですよね・・・。
はちみつレモンはCMが好きだったなぁ・・・。小学生くらいの頃によく飲んでました。
ファンタはあまり飲まなかったけど、このデザインが懐かしいので載せました。
メローイエローとメローレッドは、デザインが好きでした。
私は炭酸が苦手だったから飲まなかったけど、弟が飲んでいた記憶があります。
最後にマイナーかもしれないけど、スイートキッスという炭酸飲料はチェリオが販売していました。
地域限定のメーカーなのかな?このデザインがいかにも80年代っぽくて懐かしいです。



■あのソフトドリンクをもう一度
http://allabout.co.jp/gourmet/junkfood/subject/msubsub_series_junkfood01.htm
posted by kaori at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月20日

通学路を歩いてみよう

ブログのネタ検証のためにGoogleマップで調べ物をしていたら、
ストリートビューが開いてしまって、久しぶりに遊んでしまいました。
本当にすごいよね、ストリートビューって。全然飽きない!

特に面白かったのは、私が小学校2年まで住んでいたところが
ストリートビューで見れるようになっていたこと。

せっかくなので、当時の通学路をストリートビューでたどってみることにしました。

パビリオン本郷1.jpg

こちらが私が1985年3月まで住んでいたマンション。
私が生まれた年にできたと記憶しているので、築30年以上ってことですね。


気になる木2.jpg

『この木何の木気になる木』です。私はこの木が好きでした。
風が吹くとざわざわと音がして、葉の緑が青空に映えていました。
なんという種類の木なんでしょうか・・・?今も謎です。


ツカサ1.jpg

ここは私が通っていたピアノの教室があったマンションです。
通学班の集合場所でもありました。
この右側の坂道で、友達にチェッカーズの『ジュリアに傷心』を
覚えさせられました。(古い!!)


無題1.jpg

右側の赤丸のあたりに、大きな側溝があるんですが、
小学校の帰り道に、私は誤ってここに左足を踏み入れてしまい、
膝の少し下に大きな擦り傷を負いました。化膿してとても痛かった・・・。
この傷は今も残っています。


幼稚園1.jpg

私と弟が通っていた幼稚園。今も当時とほとんど変わっていません。


ケーキ屋がない2.jpg

幼稚園の前にケーキ屋さんがあったのですが、
今はシャッターが下りていました!!!
当時はここにケーキ屋さんがあって、よくソーダ水やクリームソーダをオーダーしました。
口ヒゲをたくわえたマスターが、ソーダ水の色を日によって
赤、緑、水色に変えてくれて子ども心にとてもうれしかったものです。


そして次は・・・衝撃の現場です!!!!!

FK現場1.jpg

本邦初公開、私のファーストキス現場です!!!
今も忘れない、1年生の時に、クラスの男子にはめられて
私が好きだった男子(花の水遣り係が一緒だった)と無理矢理キスをさせられたのです。。。
周りの男子たち・・・なんと罪深い子達だ!

味は給食のソフト麺でした。ああ、、、なんという非ロマンティックな現実であろうか。
そしてその男子は間もなく東京へ引っ越していった。今はどこでどうしていることやら。


上社小学校1.jpg

最後に私が2年の頃まで通っていた小学校。
この小学校は場所柄、サラリーマン家庭の子が多かったため、
転校生もやたらと多くて、東京や大阪から毎学期いろんな生徒が入ったり出て行ったりしていました。
そして私も3年になる直前に転校していきました。

その他にも、友達の家とか勝手に見に行ったり、プールや公園も行って見ました。
これはおもしろいですね!本当に行った気分になれます。

■Googleマップ
http://maps.google.co.jp/
地図の左端にある黄色の人を地図上にあるブルーのラインに持って行けば、ストリートビューが見れます。
※ブルー以外の道は見れません。
posted by kaori at 21:54| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月08日

桜の想い出

今日の「空から日本を見てみよう」は『東京の桜の名所巡り』だった。
芝公園から日比谷公園、銀座を通って上野、隅田川に向かい、
そこから浅草、蔵前、浅草橋、神田を通って、靖国神社や千鳥ヶ淵、
最後に新宿御苑と、まさしく東京の桜の名所ばかりだった。
地元の公園も有名なのに、紹介されなかったのが残念だったなぁ。。。

私が東京で一日の大半を過ごすようになってから、もう15年目になる。
東京に来るまでは、人が多くてちょっと怖いなぁ、と思っていたけれど、
実際に生活してみると、歴史のあるこの街が好きになった。

そんな東京の街には桜がとてもよく似合う。
特に、外堀や内堀に咲く桜は美しい。
今まで、いろんな東京の桜を見てきたけれど、どの桜を見ても、
私はこれまでの想い出がよみがえって、胸が切なくなってしまう。

この前、短大時代の友人Sちゃんとも話をしていたんだけど、
私が東京で一番きれいだと思う桜は、今は女子大になってしまった
私の第二の母校である、短大の戸山の桜だと思う。

入学式の日、歴史を感じさせる『鉄門』をくぐると、
桜のトンネルが私たち新入生を出迎えてくれた。
あの時の桜の美しさは、今もずっと忘れられない。

短大で一番好きだった校舎は、先生たちの個室のあった4号館だった。
調べたところ、東京駅と同年(1914年)に建てられたそうだ。
旧近衛騎兵連隊の兵舎だったらしく、階段を上ると、ギシギシと音が鳴った。
売店のあった平屋の建物は、近衛騎兵連隊の炊事場・風呂場だったようだ。

その4号館の前に咲く桜も好きだった。
秋になると銀杏が金色に輝き、古くなったレンガによく映えていた。

ここから私の短大の想い出写真集。

mon11.jpg
正門。またの名を鉄門。重要文化財。
入学式はこんな感じの桜満開だった。式が終わると桜の花びら
・・・ではなく、某大学のサークルのビラが舞っていた。

gakunai21.jpg
大正時代から残る、旧近衛騎兵連隊の宿舎だった4号館。
秋になると、銀杏や楓の紅葉が美しく、レンガ校舎に良く映えていた。
銀杏臭がすごかった。

PICT0069_11.jpg
北門から見る4号館。私はいつも遅刻気味でこの道をあわてて走ったものだった。

gakunai101.jpg
学生会館の互敬会館。時間が空くと、ここで何時間も友達と話をしていた。
雨の日に階段を踏み外し、2Fから1Fまで転げ落ちて全身打撲、口の中を切って流血した。
その後、階段には滑り止めがつけられていた。

gakunai61.jpg
図書館。日本図書館協会建築賞を受賞したらしい。
私は当時某ドラマに影響を受け、司書資格を取っていた。

うう・・・なんか写真見てたら、懐かしすぎて泣けてきた。
たった2年しかいなかったのに、それくらい大好きなキャンパスだった。
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2010年03月08日

思い出のローカルCM

今日は名古屋へ行ってきたという人から、お土産にきしめんパイをいただきました。

どこが作っているのかしら?と裏を見てみると、
あの「ういろう」で有名な「青柳総本家」ではないですか!

しかも、製造元の住所が私と同じ名字だ・・・。
実は、私の遠〜〜〜い先祖はこの地が出身なのです。

青柳ういろうというと、「ぽぽぽいのぽい」というCMソングが有名なんですが、
私が名古屋近郊に住んでいた頃は「四季づくし」のイメージです。

♪ぽぽぽいのぽい さくら まっちゃ しろ にっき 青柳ういろう〜四季づくし〜♪ってやつです。
(わかる人だけわかってください)



ローカルCMって郷愁の感を蘇らせるので好きです。

私の思い出に残るローカルCMは、きよめ餅総本家です。
小学生の頃の私は、頬の肉がすべすべで柔らかかったので
よく「きよめ餅みた〜い」と友達に言われて、頬をぐにぐに触られていました。

それから、両口屋是清の「を〜ち〜こち〜」っていうお菓子のCMも
女性のコーラスが上品さと妙な怖さを醸し出していましたね。
夜、一人でTVの前で見ているとき、ぞ〜っと背筋が寒くなったことを思い出します。

あと、強烈に記憶に残っている名古屋っぽいCMというと、
鎌倉ハムですね・・・。山田昌さんの名古屋弁、最高です!

ここから見れます↓
http://www.youtube.com/watch?v=pkPRuPqdFbs

まあ一本、まあ一本と、たいがいにしとかないかんよ!
今晩のおかずがわやなってまった。鎌倉さんもいかんわ。うますぎるもん。

標準語訳:もう一本、もう一本って、いいかげんにしないといけないわよ!
今晩のおかずがなくなっちゃったわ。鎌倉さんもだめねぇ。おいしすぎるんだもの。


でも、一番好きだったのは、名古屋テレビのグリーンキャンペーンのCMです。わかる人いるかなぁ・・・?
私が見ていたのは「街に緑を」(15秒バージョン)でした。

■グリーンキャンペーンCM(名古屋テレビ)
http://www.nagoyatv.com/activity02/kankyou/spot.html

■青柳総本家
http://www.aoyagiuirou.co.jp/

■ご当地CM/愛知
http://wiki.chakuriki.net/index.php/%E3%81%94%E5%BD%93%E5%9C%B0CM/%E6%84%9B%E7%9F%A5
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2010年02月05日

受験の思い出

いや〜、ほんとにここ数日、寒いね〜。
駅から家までの僅かな徒歩の間も、北風が顔に、手に、冷たくて、涙が出そうになりました。

この寒い時期になると、私は受験のことを思い出します。
高校受験の時は父の東京転勤で、3月に愛知から千葉に引っ越すことになり、私は県外受験でした。

15歳の私は、当時住んでいた愛知県瀬戸市を出発し、母と一緒に
名鉄と新幹線と総武線を乗り継いで船橋へ向かいました。

船橋の怪しい名前のビジネスホテルに泊まり(今もあるのかな?)、
受験前日にも関わらず、勉強もしないで『学園七不思議』を見たわ。

船橋東武の地下でおこわを買ったら、たくさん食べ過ぎて夜中に胃が
痛くなったのも懐かしい思い出です。

大学受験の時も寒かったなぁ。。。
とある大学を受けたときは、受験会場がとんでもなく遠いところで、
杉並の上井草にある祖母の家に泊まり、西荻まで歩いて、
中央線に乗り、受験会場に向かいました。

あの年のセンター試験の直前に阪神・淡路大震災が起こったのよね。
受験で生徒もまばらな学校の教室に行ったら、同じクラスの男の子が
募金で1万円も寄付していて驚いたこともあったな〜。

受験した大学、短大は全て模試でC判定以下だったから、
浪人覚悟で受験したんだけど、かろうじて短大が受かったので
なんとか、ギリギリ、といったところでした。

第一希望の学校ではなかったけれど、そのおかげで、
短大時代や大学時代の友達にも出会えたわけだし、
旅行サークルや民舞で楽しめたわけだし、
Nさんに出会わなければ、チャットで知り合ったみんなとも
きっと一生出会うことはなかったのよね。。。

人って、その時に選択した道で、その後のあらゆる人や物事の出会いも
全て変わってしまうものなんですよね。。。
そう思うと、みんなに出会えたのは、「偶然」ではなく、
すべて私が選んだ「必然」だったんだな〜、と不思議な気持ちになってしまいます。
posted by kaori at 12:57| Comment(2) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月01日

世界史のイケメン

私は今日こんなに寒いのにソフトクリームを食べに行きました。
しかも職場の後輩を連れて・・・。1のつく日は100円なので・・・。
おいしかったんだけど、さ、、、さむかった。。。

駅から自宅までの徒歩の間に、傘に落ちる雨の音が微妙に変わりました。
傘の外を覗いてみると、霙(みぞれ)になっていました。。。
寒いわけですね。

ちなみに今の時間、東京では、霙ではなく雪が降っています。
明日は路面が凍結の恐れがあるから、早めに出社しなくちゃね。
(また天気予報のお姉さんっぽいコメントを言ってしまった・・・!)

さて、さっきご飯を作りながら今日のブログに何を書こうかと考えていたのですが、
ソフトクリームを食べた後、本屋に寄って、山川の世界史の教科書を買いました。
といっても、昔読んだあの詳しすぎる高校の教科書ではありません。
社会人向けに易しく書かれた教科書です。

私は海外旅行に行くたび、国際情勢のニュースを見るたび、
「ああ、世界史をもっとしっかり勉強しとくんだった・・・」という思いになります。
だから、そんな思いをしないためにも、世界の歴史をちゃんと知っておこうと思い、
気軽な気持ちで勉強しなおすことにしました。

それで私はふと、高校2年の世界史の授業のことを思い出しました。
1年生の頃は、真面目一辺倒、遅刻は絶対しない、
テスト勉強も真剣にがんばっていた生徒だったのですが、
2年生の頃に、何がきっかけだったのか、遅刻がちになり、
授業中はマンガを読むようになり、休み時間には花札やUNOをする
というちょっと変わった女子高生になりました。

世界史の授業中も、先生の話はあまり聞いていなかったようで、
世界史の教科書の肖像画を見て、誰がカッコイイかをチェックしていました。
そして、私が一番気に入ったのがこの方です。

kosciuszko.jpg
ポーランドのコシューシコ。ポーランドを最も愛した軍人とのことです。
(実は何をした人なのかあまりよく知らない)

ちなみに、仲の良かった友達も同じように世界史の教科書でイケメンを探しており、
その子は、この人が良いと言っていました。

190px-Peter_de_Grote.jpg
ピョートル大帝。ロシアの初代皇帝なので、こちらの方のほうが有名人です。
まぁ、こっちもいいけど、私はあまり好きな顔ではなかったです。

「人」が好きで、歴史の世界に没頭していく人って結構多いと思います。
肖像画や風刺画を見て、「変な絵」と思ったのがきっかけで、
歴史の流れを覚えるってこともあるし。
(私は「フスの火刑」が心に残っており、今もそれだけは覚えている)

皆さんも何か世界史の思い出、ありますか?
それにしても、何をしていたんでしょうね、私の高校時代って・・・。
(でも世界史の成績は結構良かったよ!)
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2010年01月27日

HOLD ME

私は高校から大学くらいまでZARDのファンで、密かにファンクラブにも入っていたほどだったんだけど、
今日久しぶりにYouTube見てたら、懐かしい曲が出てきたのでメモ代わりに載せておこう。



この曲は3rdアルバム『HOLD ME』(1992年)の曲です。
当時はカセットテープに入れて何度も聴いた記憶があります。
詞が特に好きです。

大学生の時は、私の中ではドライブのBGMというとZARDでした。
富津岬に行ったり、九十九里を運転したり、国道16号を北上したり、
あの頃は随分と車に乗っていたものだ・・・。

【『HOLD ME』 収録曲】
1. 眠れない夜を抱いて
2. 誰かが待ってる
3. サヨナラ言えなくて
4. あの微笑みを忘れないで
5. 好きなように踊りたいの
6. Dangerous Tonight
7. こんなに愛しても
8. Why Don't You Leave Me Alone
9. 愛は眠ってる
10. 遠い日のNostalgia
11. So Together
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2009年12月03日

科学と学習

小学館の「小学五年生」「小学六年生」が休刊になったかと思ったら、
今度は学研の「科学」と「学習」も休刊なのね。。。
とても残念だけど、これも時代の流れなのかな。

「科学」(月刊)は来年2月発売の3月号で、「学習」(季刊)は今月発売の冬号で休刊。同社は休刊の理由について、出版不況に加え「少子化という社会構造の変化や子供たちの価値観が多様化したことで、学年別雑誌が時代のニーズに合わなくなってしまった」としている。


私にとっては、学研の「科学」と「学習」って小学生時代の思い出がいっぱいなんだよね。
確か小学3,4年生のときは「学習」をとっていたんだけど、「科学」の方が付録がおもしろそうだったから、
5年生くらいから「科学」に乗り換えたんだったわ。

突然ですが、私が思い出に残っている付録BEST3の発表です!!

第三位!「兵糧丸(ひょうろうがん)と陣立味噌(じんだてみそ)」

私が6年生だった頃、1988年当時の大河ドラマは「武田信玄」でした。
それにちなんで、武田信玄が戦のときに食べたと言う兵糧丸と陣立味噌の付録だったようです。
ある休みの朝、私はダイニングテーブルで兵糧丸の素(きなこかな?)をボールに入れて、
水や砂糖やハチミツを入れてこねくりまわしていたっけ。
兵糧丸は簡単に完成したんだけど、その味は・・・。

激マズ!!!!||||||||||||||(* ̄ロ ̄)ガーン||||||||||||||||
捨てるのは勿体無いので、父にあげました。
父の感想「ふむ・・・おいしくはないね」

第二位!「花咲く結晶のツリー(正式名称は不明)」

これも5年生の付録だったような・・・。
なんか薬品をまぜて、時間をおくと、結晶がどんどんできて
まるで白い花をさかせたようになり、ツリーになっていくものです。
私はそれを見たとき「おお、すごい」と思ったんだけど、なんだかすぐに飽きたので、
キットごと箱に入れて、机の下だったかな、どっかに片付けておきました。

年末だったか、大掃除をしたときに片づけをしていたら、結晶のキットが出てきた。
そしたらなんと・・・!!!

箱の外にまで、わさわさと白い結晶ができていた!!!
それを見たとき、一瞬青ざめたね。。。ぎゃーっ!気持ち悪い!と思った。
まるでカビのような強い繁殖力(というのかな?)の結晶だったのです。

そして堂々たる第一位は・・・

「シーモンキーみたいなエビ!!!」

こ、、、これは衝撃的でした。
さらさらの小さい卵が袋に入っていて、
水槽に塩水を入れて孵化させるんです。
小さい時はよく泳いでかわいいんだけど・・・、近くでよく見るとすごく気持ち悪いんです。
サカサになって泳ぐんだけど、光を当てると、そっち側に集まるとか、確かそんなんだったよね。。。

私は夏休みの暑ーーい日に、家族と一緒に2泊3日で福井県の三方五湖というところを
旅行していました。輝くきらきらとした湖、晩御飯に出た石焼のウニを今でも覚えています。
満足した旅行でしたが、家に帰って水槽を見てみると・・・。

水が干からびていました。

そして、エビたちも・・・。

ごごごごめんねー!!!!。・゜゜・(≧д≦)・゜゜・。

私は水を入れたまま、ほったらかしにしていたので(当時から飽きっぽくて面倒くさがりだね)、
暑い夏の日差しで水がどんどん蒸発してしまったようでした。

この「エビ干からび事件」は、しばらく父をはじめとした家族から時折責められて嫌な思いをしました。

みなさんは学研の思い出ってありますか・・・?
エビ育てたことのある方!ぜひこの気持ちを共有しましょう。。

学習雑誌の草分け「科学」と「学習」、来年3月までに休刊へ

科学の付録 タイムスリップ
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2009年11月03日

悪魔城脱出ゲーム

今、昔もらった誕生日プレゼントのことを思い出していたんだけど、
幼稚園くらいの頃だったかな、「悪魔城脱出ゲーム」っていうのをもらったことがありました。
悪魔の城があって、てっぺんからボールを落として転がってさまざまな難関を乗り越えながら
下のほうのゴールにたどりつくというゲームです。

なぜ幼稚園の女の子がこんなおぞましい(?)おもちゃをほしがったのでしょうね。
私は不思議と女の子っぽい遊び、着せ替え人形やままごとには全く興味がなかったのです。

シルバニアファミリーも家とかうさぎとかくまも持ってたけど、
私がほしいって言ったんじゃなくて、うちの親やおばあちゃんが勝手に買っていたんです。
うさぎもくまもかわいかったけど、私は暖炉とか、テーブルとかなぜか家具がほしかったわ。

今も変だけど、昔から変わった子だったのかね。。。
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2009年08月23日

26年前の音声記録

今や音楽を聴くのにカセットテープは使わなくなり、MDの時代を経てiPodの時代になりました。
もちろん私も中学生の時に買ったCDWラジカセ(懐かしい!)が壊れてから、
カセットデッキを持っていません。

しかし、私の手元には実家から持ってきた古いカセットテープがあります。
これは私が子供の頃に自らの声を一年に一度の頻度で録音していた
貴重な音声記録なのです。

彼の家には、新旧の(?)オーディオ機器がそろっています。
この前行ったときにカセットデッキもあったので、昨日彼の家を訪れた際に
早速私の子供時代のカセットテープをヘッドフォンで恐る恐る聞いてみました。。。

▼A面に入っていた内容
・父が「何か歌いなさい」、と私に指示している。
「途中からでもいい?」と子供の私が聞いている(声が今と全然違う!!!)
次に、突然大声で宇宙刑事シャリバンの歌を歌う私。
どんな歌かご存知ない方はこちらをどうぞ↓



ご丁寧に伴奏まで歌っていて、なかなか本物に忠実であった・・・。
シャリバン放送時から察すると、これは1983年(昭和58年)の記録だったようだ。
当時私はまだ6〜7歳でしたが、どうやらこの時、父にカセットテープの
音声録音方法を教えてもらったようです。(そしてこの時から私の変な遊びが始まった)

▼B面に入っていた内容
・何か、もごもごと真面目な本の内容?を読んでいる私。
なぜこんなつまらない内容を記録しようとしたのかは謎。
この頃にはちょっと賢くなって、タイムレコードまで入っていた。
それによると、1984年(昭和59年)12月27日らしい。

・ちょっと間が空いて、「ぼーくらはみんなーいーきていーるー」と
複数名の友達と「手のひらを太陽に」を合唱している。
誰と歌っているのかは不明。多分近所の子たちです。

・またちょっと間が空いて、今度はなんと私がMCを担当している(笑)
「では、ゆういちろうくん(=弟)に、T小学校の校歌を歌ってもらいます!」と前ふり。
まだかわいい声の弟登場。ふざけて歌詞をわざと間違える。
「ちがうでしょー!!!ちゃんと歌って!」と奇声を発しながら仕切る私。
この頃から今と性格変わってないな。遊びなんだから適当でいいのにね。
当時から完璧主義だった様子。

弟はこの後、真面目に歌を歌ってくれていた。(私も一緒に歌っている)
こちらもタイムレコード有。1985年(昭和60年)5月×日と言っている。

・年代は不明だが、「夏も近づく八十八夜」の歌を歌っている。
この歌、小学校の音楽の時間に習ったみたい。
これって茶摘の歌だっけ?今となってはよくわからない。

・向かいの家に住んでいたKさん兄弟と私と弟で変なことを録音している。
内容があまりにも小学生の好きな下ネタ連発で、聞いていて呆れてしまう。
でもそういうときでも、私は下ネタひとつも言わずに、貴重な録音資料となるように、
その場を仕切っていました。(意外と仕切り屋・・・?)

実はA面は時間がなくて、最後まで聞けなかったのですが、
また今度、彼の家に行ったときに聞いてみようと思います。

ついでに、ビデオテープのデッキもうちにはないので、
彼の家で大学時代の踊りの記録を見てきた。
ブチ#1とか懐かしかったわ。

終わり。
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2009年08月06日

小公女セーラ、のりぴー、松屋

小公女、TBSがドラマ化するんだね。
元々イギリスが舞台だし、ちょっと無理な気もするけど・・・。
どれだけ悲惨なドラマになるのか、一度見てみてもいいかな。

1985年にアニメ化されてたときは当時小学生の私も
毎週日曜日の夜、くら〜い気持ちで見てました。
最初のオープニングテーマからして暗いよね。

♪わ〜たしのむねのーかたすみーにーさーいてる〜♪
ズズーン・・・(|||▽||| ) ああ・・・セーラかわいそう。

YouTubeにあった〜!!!泣ける・・・!!!


日曜日の夜ということもあって、「サザエさんシンドローム」ならぬ、
「小公女セーラシンドローム」のようになっていました。

それにしてものりぴーの行方が気になるよね。どこへ行ったんだ〜!!!
私としてはのりぴー語全盛期に小学校高学年だったのでかなり気になる。
よく友達との交換日記に「マンモスラッピー!」「うれP」など書いていたものだ。

それと松屋。今日までトマトカレーがなんと250円だった!
一昨日会社の人から教えてもらって、昨日テイクアウトで買ってきたら
250円の割にスパイシーな味でおいしかったです。
明日からも290円らしいので、また買いに行こうかな。

今日はごちゃごちゃ気になることを書きました。
終わり。

■志田未来が「小公女」ドラマ化で主演
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=921164&media_id=8
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2009年07月16日

こ、、、これは・・・

さっきまでデジカメの写真の整理をしていました。
しばらく使っていない64MBのCFを見てみたら・・・。

そこにあったのは、2003年10月の写真でした。
母と祖母と一緒に裏磐梯に出かけた時の写真です。
あの頃の私は、某社への出向も決まり、まさに順風満帆であった。。。

そして隣のフォルダにあったのは、2003年12月の写真。
こ、、、これは!!!; ̄ロ ̄)!!???
以前の職場の人たちと出かけた鬼怒川温泉旅行だ!
ワケありで一部の写真は、速攻消去いたしました・・・。
それになんか私の髪型が変だし、顔がものすごく太っているではないか!

あーでもカードの中身が空になってすっきりした。
ついでに不要な写真も片付いてすっきりした。
時にはこうして過去を整理することも必要です。
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2009年06月29日

MJのダンス

私はほとんどテレビを見ないので、どんな報道がされているのかよく知らないんだけど、
マイケルジャクソンが死んでから多少は話題になっているんでしょうか?

昨晩、マイケルジャクソンが死んだことを彼と話していたら、あることを思い出しました。
私が小学校6年の時の運動会(1988年)でリズムと呼ばれるダンスを踊ったんです。
その時の曲がマイケルジャクソンの歌でした。

でもその歌って何ていうタイトルだったんだろう?と気になってしまいました。
昔のことをよく知っている彼は「スリラー」ではないか?
「Beat It」ではないか?と言うのですが、どちらでもありません。
YouTubeで調べてみたところ、すぐにわかりました・・・。
それは「Bad」という曲(1987年)でした。



途中、「アッペーアッペー」と聞こえる箇所があるのですが、
それは「I'm Bad I'm Bad」と言っていたのですね。
21年越しにすっきりしました。

当時小学生の私には、この歌の良さがあまりよくわからず
よくふざけてこの歌を友達と歌ったり踊ったりしていました。変な子・・・。

それにしても、昨晩はお調子者の彼がMJのダンスのマネをして
膝から先の足をバタバタとさせたり、すべりの悪いムーンウォークをしていたので
その格好悪さが実際のMJとあまりにもかけ離れており、笑いが止まりませんでした。

今日も仕事をしていたら、その膝をバタバタする変なダンスを思い出してしまい
笑いをこらえることができずに、下を向いていました。
上司が来た時には本当にどうしようかと、顔がこわばっていました。

帰りの地下鉄の駅のホームでもついその変な動きを思い出してしまい、
私は笑いをこらえるのに一苦労しました。。。
もうあの変なダンス、早く頭の外に出て行ってもらいたいです。
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2009年04月16日

さわやか3組

今日仕事をしていると、職場の男性がぼそっと
「『さわやか3組』の歌が頭の中でぐるぐる回っている」と呟きました。

しかし、私は「さわやか3組」はそんなに見たことがないのです。
主題歌もよくわからないなぁ〜。
うちの弟はよく歌っていたので、私より下の世代かな。

その前に放送されていた「みんななかよし」の時はよく見ていました。
こちらの歌はわかります。
「口笛ふーいーてー空き地へいったー」って言う歌です。
特に幼稚園の頃、熱を出して休んだ時に見ていた記憶があるなぁ〜。
あとは学校の道徳の時間とかね。

道徳はやっぱりやっておいた方がいいです。
私は断然、道徳賛成派です。いい話って感動するし。
小学生の頃は道徳の教科書が結構好きで、授業で音読するのが
ペースが遅くて嫌だったので、先生に当てられそうにない時は
授業より先にいろんな話を黙読していました。

上記とは関係ないけど、過去に見た泣けるフラッシュをまとめていたら、
下のフラッシュを見てまた泣いてしまった。これは本当に泣けます!
http://pya.cc/pyaimg/pimg.php?imgid=6133

私は普段から滅多に泣かないのですが、他に泣いたのは
ドラえもんの「ドロン葉」です。今は動画消されていて見れません。
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2009年03月22日

卒業式の歌

私もこれ小学生のとき、歌ったわ。
歌詞はうちの学校に合わせたものに
変えられてたみたいだけどね。

なぜかうちの学校では、この卒業式の歌を途中で中断し、間に「さよなら友よ」という歌を歌って、
また元の卒業式の歌に戻って歌っていたので、30分近く歌ってたと思う。
先生や5年生が歌ってたのは覚えてるけど、親は歌っていなかったような。

みんなリハーサルから号泣していました。

■15分強! 全員参加の壮大な『卒業式の歌』って?
http://www.excite.co.jp/News/bit/E1237218955213.html
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2009年03月21日

シールコレクション

忘れものを取りに実家に帰ったら
机の下から見覚えのある箱を見つけました。
出てくるわ出てくるわ・・・懐かしいシールの数々。

以下、私の小学生のときのシールコレクションの一部です。
興味ある方はぜひご覧くださいませ。。(何歳かばれそうだわ)

29559063_1537199732s.jpg
これが子供の頃ず〜っとほしかったシール。

中でも、注目なのは、サンリオキャラの銀行のシール。
マイメロディは太陽神戸銀行、タキシードサムは住友銀行、マロンクリームは東海銀行。
今はどの銀行も名前が変わってしまいましたね。

29559063_3261155316s.jpg
左上から右、下へ、タキシードサム、マイメロディ、マロンクリーム。

あ、あとサンリオじゃないけど、日本興業銀行のシールもありました。
日本興業銀行というと、キューピーですね。

それから切手シールは80年代風のイラストで懐かしいです。
ネオンサインがいかにも80年代だ!!!

200903211848000.jpg
色合いといい、イラストのタッチといい、80年代だね〜。

また、1984年のロサンゼルスオリンピックのキャラのシールも懐かしいです。
もう25年前になるのか〜。。しみじみ。

200903211855000.jpg
このトリ、なんていう名前だっけ?

アシュラマンやせいんとせいや、ビックリマンやウルトラBのシールも出てきたよ。

29559063_3215285199s.jpg
せいんとせいや、アシュラマン。

29559063_1595267786s.jpg
「ビー!!!」とウルトラB。

ウルトラBはどこで手に入れたのか?
まったく記憶にございません。
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2009年03月08日

昔のノート

久しぶりに実家に帰ると、つい昔の写真や日記を見てしまう。
こんな夜遅くに見ていると特に、寂しいような懐かしいような、感傷的な気分になってしまう。

今日は机の上の棚に並んでいるノートを見ていたら、小6の時の漢字ノートが出てきた。

1102459490_120.jpg

ページにぎっしりと漢字が並んでいる。
20年前の私の字はこんなに大きかったんだな〜とか、
今とはぜんぜん違う字だったんだな〜とか、
几帳面なところは今も変わっていないんだな〜とか、
今見てみると結構面白い。

次に出てきたのは、B罫のキャンパスノートだった。
表紙には「政治学」と書かれている。
私が20歳の時に大学への編入試験で政治学を独学していた時の試験対策ノートだった。
(写真はノートに挟まっていたルーズリーフで、試験予想問題のようです)

1102459490_35.jpg

1102459490_247.jpg

これも見てみると、ノートの罫線に文字がぎっしり。
なんか若いパワーが感じられて、「うわ、すごい」と言ってしまうほど圧倒された。
字の形は、小6の時の字と比べてみると、大分小さくなって
今の字に近いけど、今よりももっと丁寧かもしれない。

あの時どういう思いで一人自宅の机に向かって勉強していたのかが、
当時のノートを見ていたらよみがえってきた。
自分でも当時はすごい集中力だったと思う。

私は子供のころから、心の中に「やる気のトリガー」みたいなのができると、
本気でやる気になって寝食を忘れるほどに何かに集中することができる。
編入試験のときはまさしくそのとおりでした。
本気で勉強したのは年が明けてから2ヶ月間半ほど。
それまでは夏に北海道行ったりして遊んでました(笑)。

今もそれは変わってないかもしれない。
何か自分の心が大きく動かされるような出来事があって
「やる気のトリガー」が生まれると、普段引きこもりがちな生活を送っていても
すぐに行動を起こすところがあります。

昔のノートを見ていたら、自分が子供のころからずっと変わらない
「芯」の部分が少し見えたような気がしました。
posted by kaori at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月27日

バイト先の店長

さっきドコモのCM見てたら、バイト先のかっこいい先輩の話で
私も学生時代のバイト先の店長を思い出してしまった。

当時の私は「かっこいい」と思う人が周りにいなかったんですけど、
(あれ?当時の彼は・・・???まぁいっか。。。)
バイト先の店長は、面接で初めて会った時に
「こ、、、これは!!!」と思いました。
店長は夜勤明けだったので、無精ひげが生えていましたが、
色白で童顔な顔とのギャップが22歳の私には新鮮でした。

背が高くて短髪で細身の店長は、黒のロングコートがよく似合っていて、
朝、出勤でお店に来るときには「おはようございます」と
レジの前を颯爽と横切るのが素敵でした・・・。
外見が良いだけでなく、性格もやさしくて明るくて、笑顔のいい人でした。
久しぶりに心ときめくような感じでした。(あれ、彼は・・・まぁいっかw)

私より3歳年上だったので、まだ若い社員でした。
当時、就職活動を始めようとしていた私に、面接のアドバイスをしてくれました。
「面達(=面接の達人)いいよ。一度読んでみたら?」と言われたのが強く記憶に残ってます。
(でも、読まなかった・・・一度は読んどけばよかった)

店長と一緒にフライドチキン作ったり、肉まん仕込んだり、
ソフトクリームの特訓をしたり、楽しかったなぁ〜。
バイトの日はかっこいい店長にも会えるし、本当に幸せでした。

店長に映画かお茶に誘われた時、行っておけばよかったわ。
当時の私は今以上に純粋で真面目だったから、
『そんな・・・彼がいるのに店長と映画なんて行けない!!!』とか思ってたけど
あの時行っておけば、また違った人生が送れたかもしれない。

その後、まもなく店長はY台店に異動しました。
そして私は大学もバイトも卒業しました。

就職してしばらくして。。。
朝の通勤電車で、向かいの席に座っている男の人、
どっかで見たことがあるなと思ったら、バイト先の店長でした!

どっちから話しかけたのか、何を話したか忘れたけど、相変わらずかっこよかった。
そして店長がY台駅で降りる時に、「じゃ!」と言って片手を挙げたのを見たのが最後でした。

今頃どこでどうしてるのかな〜?
きっともう結婚してるんだろうなぁ・・・。
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2009年01月26日

給食の時間

さっきNHKのニュースで取り上げられていたんだけど、
今の小学生や中学生の給食の時間って準備も含めて30分しかないらしいですね。
ちょっと驚きました・・・。そんな短い時間だと落ち着いて食べられないんじゃないかな〜。

確か私の小学校と中学校では、12時10分に4時間目が終わって、
給食当番が12時半くらいまでに配膳などをして
1時頃まで給食食べてたような記憶があります。

給食のことを耳にしたら、いろんな思い出がよみがえってきました。

名古屋のK小学校に通っていた時は、月に1回いろんな国の料理が出る企画がありました。
私の記憶に残っているのは、メキシコのタコス、オーストラリアの牛肉かな。
その日だけはそれぞれの国に関する豆知識をTVで学校放送していました。

名古屋の近くの瀬戸市に引っ越して転校したT小学校では、
牛乳を飲んでるときに同じ班の子を笑わせて牛乳を吹き出させる?のが流行ってて
私は普段そんなにふざけない子だったのに
給食の時間だけは変な顔をしていろんな人を笑わせて(困らせて?)
みんなで笑ってた楽しい思い出があります。

それから4年生くらいまでは給食の早食いをモットーにしていました。
いつも男子に勝とうと思って早く食べてたんだけど、
だんだんどうでもよくなってきて、途中からゆっくり食べるようになりましたw

今は地元の食材を楽しむ企画もあるようですね。
この前ニュースサイトで見て目を引いたのが、この宮城県のふかひれとあわびです・・・。↓↓↓
 宮城県本吉町の小中学校で23日、地元特産の高級食材のアワビやフカヒレを使った豪華な給食が出された。

 全国学校給食週間に合わせ、町が「食育」の一環ととして企画した「日本一の学校給食」。町内の小中全7校の計947人に、あわびご飯、ふかひれスープ、小松菜を使ったサラダなど同じメニューが出された。津谷中では、教室に給食が運ばれると歓声が上がり、2年の宮森真貴君(13)は「毎日だったらいいのに」とあわびご飯を口いっぱいにほおばっていた。

うらやましい限りです。
私も給食であわびご飯とふかひれスープを味わいたい!!!

■アワビやフカヒレ、日本一のぜいたく給食…宮城・本吉町(gooニュース)
http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/nation/20090123-567-OYT1T01129.html

【関連日記】
-給食(2007.3.24)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=383159448&owner_id=2142052
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2008年10月20日

恥ずかしいもの

今日、実家でちょっと探し物してたら、
昔使ってたクリアファイルから、とんでもない内容の
大学時代の一枚のルーズリーフが出てきました。

そ、それは・・・ホームページの企画書です。

おそらく10年ほど前の物。。。

し、、、しかも。内容が・・・

あ”ーーーーーー!!!だめだ!!!
やっぱりここには恥ずかしすぎて書けない!!!!!!

HPのタイトルは・・・
「K・・・・・・

ぎゃーーーーーー!!!やっぱりだめだーーー!!!
思い出しただけでも寒気が。。。

当時の私、一体なんなの???
本当に恥ずかしすぎる。そのHP作ろうとしていた自分のセンスが許せん!!!

そのHPは企画倒れに終わりましたが、もし実現していたら
相当寒いものになっていたはず。
それにしても、企画書を残していた私、それほどまでに未練があったのか。
何のために作ろうとしていたのか、謎。。。
若気の至りということにしておこう。
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2008年10月10日

おばあちゃん

今日は久々に映画見に行ってきました。

今年の6月に公開されていた「西の魔女が死んだ」です。
新潮文庫で良く売れているみたいなので、知っている人も多いと思います。

話は危篤になったおばあちゃんの家へ車で向かう途中に、
2年前のことを回想するところから始まります。

登校拒否になった中学生の女の子が、学校をしばらく休み、
「魔女」のイギリス人のおばあちゃんの家に預けられて「魔女修行」をするというもの。
でも、全然ファンタジーじゃなくて「死」や「自立」がテーマと思われるような現実的なお話です。

見た後はなんか自分のおばあちゃんのことを思い出して胸が熱くなりました。
私には3人のおばあちゃんがいます。
なぜ3人なのかというと、父方のおばあちゃんが2人いるからです。
1人はおじいちゃんの後妻のおばあちゃんで、もう1人は私の会ったことのない父の母です。
父方のおばあちゃんはもう亡くなりましたが、母方のおばあちゃんは健在です。

私は2人のおばあちゃんには子供の頃から本当にかわいがられていました。
父方のおばあちゃん(東京のおばあちゃんと呼んでいた)は、
実際には血のつながりはありませんが、たくさんお菓子やおもちゃを送ってくれたり、
ディズニーランドにも連れて行ってくれたり、いつも家へ行くと喜んでくれました。

東京のおばあちゃんの家に遊びに行くと、朝は近所の公園へラジオ体操に行き、
隅田川を渡って両国のファミレスで朝ごはんを食べていた記憶があります。
おばあちゃんが亡くなったのはもう4〜5年ほど前になりますが、
私は葬式で大学の便箋に書いた手紙をおばあちゃんの棺の中に入れました。

母方のおばあちゃんは、ついこの前も家に遊びに行ったばかりです。
おじいちゃんも亡くなりましたので、今は大阪の家に一人暮らしをしています。
今も口は達者ですが、耳が遠くなったし歩くのが遅くなったので、やはり歳を感じます。

このおばあちゃんは私の理想の女性です。手先が器用で洋裁も和裁もできるし、
絵も日本画が描けるし、字も達筆。料理はとても上手で、洋服のセンスも良く、
食事はおいしいものしか食べないグルメな人です。
新聞の切抜きや、日記やメモを書くのが好きなので、ちょっと私と似ているかもしれません。

私が子供の頃は、人ごみをかき分けながら歩くのがとても速くて
さすが関西人・・・と思っていましたが、今は大分歳を取りました。
最近体の調子があまり良くないようですが、いつまでも元気でいてほしいものです。

■西の魔女が死んだ 公式HP
http://nishimajo.com/
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2008年09月26日

さよなら友よ

懐かしすぎて涙が出そうになった・・・。
初音ミク、結構ハモってます。

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2006年11月06日

過去の日記を読んで - 毎日ひとりごと - 楽天ブログ(Blog)


今まで楽天広場の日記を読み返していました。
なんか恥ずかしいこといっぱい書いてます。
読んでると恥ずかしいから、読み飛ばしたいところがいっぱい。

元彼と別れたこととか、前彼にバースデーのお祝いを
してもらったことまで書いてて、ほんっとーーーーーに見てられない!!!

私も大人になったのだろうか。それとも当時が子供すぎたのか。
今更恋愛の話なんて、こんなところには赤裸裸に書けないです。

恋愛ね〜、時々自分にはできるのかな?と気になることもあるけど
もうあきらめ、というか、なんていうか。。。
普通の恋愛はしたくないというか、できないというか。。。

それより子供がほしい!恋愛とか結婚は後でもいいから(?)
とりあえず誰か(問題なさそうな人)の子供がほしいな。
相手が好きな人だったらそれにこしたことはないんだけどね。
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2006年03月04日

カメの恩恵


小さいころ、父が会社帰りに
マンションの前でカメを拾って
家に持って帰ってきたことがあった。

でも家では飼わずにカメを自然に帰してあげよう、と
近所の緑地の池にはなしに行った。

父はそれから人生が万事
うまくいくようになったという。

私は小5のとき、塾に行く途中で犬を拾った。
その後、我が家の家族の一員として10年楽しく過ごした。

そのおかげなのだろうか、今のところ私はさほど苦労もなく、
ほどほど幸せに暮らしている。

当たり前のことだけど、
動物や人の命を助けることは、ものすごく重要なことかもしれない。

カメの恩恵も本当に実在するような気がする。

生物の命を大切にしたいと、改めて思った。
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2006年03月03日

駄菓子


さっきWBSで駄菓子の流通業界について放送されていた。

日暮里の駄菓子問屋や、駄菓子チェーンのお店
「1丁目1番地」が取り上げられていた。

こまごまとしていて色とりどり駄菓子の袋を見ていたら
久しぶりに買いたくなってしまった。

私の駄菓子屋初体験はちょっと遅め。
名古屋に住んでいたときはスーパーと小さい商店だけで
駄菓子屋さんがなかったので、
小3のはじめに引っ越した瀬戸で駄菓子屋デビュー。

家からちょっとした崖(笑)を駆け下りていったところに
「こばやし」と呼んでいた小さい駄菓子屋があり、
よく「ねりあめ」や「ガム」や「ラーメン系菓子」などを買っていました。

ここのショーケースに入ったパンが、
数か月前から同じものが置いてあると、
しきりに周りの子どもたちは不審がっていました・・・。

駄菓子屋さんといえば、私は真っ先に
「おでん」を思い出すんですけど、
これって愛知県独特の文化らしいですね。

高校の時千葉に引っ越してきて、友達と駄菓子屋について話していたら、
「おでんなんてないよ!」と言われ、軽くカルチャーショックをうけました。。

あ〜、駄菓子屋さんで買った「おでん」、
おいしかったなぁ。。。

■1丁目1番地
http://www4.ocn.ne.jp/~honey1.1/
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2005年09月29日

憧れの椅子。

これまでに座ってきた椅子の中でも
かなり座り心地が良く、デザインも良かったもの。
私が結婚したら、母が買ってくれると言った憧れの椅子。

それが、北欧家具で有名なYチェア。
デンマークの家具デザイナー、ハンスウェグナーの名作である。

私がこの椅子に出会ったのは、幼馴染の家。
おじさん(友達のお父さん)がブティックの店長で、20数年前の
当時から大きな家に住んでいました。

家族ぐるみの付き合いをしていて、みんなとても仲良しでした。
私は幼稚園ぐらいの頃からよくその友達の家に泊まりました。

東向きに出窓のついた明るいダイニングには、
きらきらした朝の光がこぼれ、白木の丸いテーブルを照らしていました。
そのテーブルに自然に置かれていたのが、Yチェアでした。

みんなでYチェアに座ってテーブルを囲み、
母はおばさんと、私は友達と座ってお菓子を食べたりしゃべったりしました。
楽しくて、穏やかな空気が流れていました。
外に出て、近くの公園でボール遊びをしたり、おじさんのスクーターに乗せてもらったり。
遊んでいるうちにいつの間にか、夕方になっていて、
空き地のススキが夕日に照らされオレンジ色に輝いていたことも、
ずっと心に残っています。

ところが、その後友達の家はどこかに引っ越してしまい、
今となってはどこにいるのかもよくわかりません。

でも、きっと友達はツアーコンダクターの夢をかなえて
海外で活躍していることと思います。

そんな懐かしい思い出のある椅子。
そして、母が口癖のように「結婚したら買ってあげるね」と言っていた椅子。
それが「Yチェア」なのです。


Yチェア↓
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2004年11月01日

中学時代の友人と語る! - 毎日ひとりごと - 楽天ブログ(Blog)


今日は新宿で中学時代からの友人と会ってきた。
かなり久しぶりに会ったので、いろいろと積もる話がありました。
多分会うのは1年以上ぶり。

恋愛とか仕事とかプライベートの話をしてました。
その友人の周りには結婚する人ばかりでブルーだそうです。

私は一時ほどは結婚したいなーという気持ちがなくなりました。
なぜだかわからないけれど。仕事が充実してるからかなー?
相変わらず、毎日純粋な恋愛だけはしたいと思っていますがー。。

理想の男についても語ったのですが、結果的に私たちの結論はこうなりました。

『価値観が同じで、お互いないものを持っている、弱いところをフォローできる関係がいいよね〜。お互い尊敬し合えるし、お互いを高めあっていくこともできるし、ね。』

私はこういう関係の人とお付き合いしたことがないので、
ぜひ今度は私の弱いところをフォローしてくれる人と
お付き合いしたいものです。

7時ごろ友人と別れ、私はハンズへ手帳を見に行きました。
うーん、どうしよっかな。1月からは思い切って
Filofaxの手帳(Cross、色はチョコ)を持つことにしようかな、と考えています。
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2004年10月18日

軍艦島にはまる。 - 毎日ひとりごと - 楽天ブログ(Blog)


今日はTOEICの勉強しようと思ってたんだけど、
結局そうじと買い物と洗濯で終わってしまった。

さっきまで軍艦島サイトを見ていてすっかりはまってしまった。
なぜかわかんないけど、廃墟や廃線って好きなのです・・・
昔はここでどういう人たちが暮らしていたのかとか、
どんな会話がされていたのかとか・・・いろいろ想像が広がるからかも?
地図を見るときもそうです。
地図を見て、ここはどんなところだろう?とか
どんな人たちがどういう暮らしをしているのか、と想像が広がります。

そんなわけですっかりお風呂上りの体が冷えてしまいました。

おやすみなさい。。
posted by kaori at 00:42| なつかし話。昔話。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする